<< ストレス? | main | 変化? >>

天の声

0

    昨日は春のお彼岸の最終日。
    仕事が始まる前の午前中にサッと
    母の墓参に行ってきました。
    その帰り、お寺のお向かいの
    港区立亀塚公園で
    「ひとり花見」を楽しみました。


    ベンチに座って
    日向ぼっこしている上品な老夫婦。
    素敵ね…と思いながら、
    前を通らせていただいた時に
    耳に入った会話…
    「今年も桜が見れて良かったわね」
    と奥様…
    ご主人がどうお答えになったのかは
    私の歩く速度が速くて(笑)
    聞けませんでした。
    その言葉になんだか涙腺が緩んで
    一昨日のレッスンで
    Tさんがおっしゃった言葉を
    あらためてかみしめました。

    「曲を聴こうと思うなら
    CDを買えば済むこと。
    でも私は‘山季先生の音’が
    聴きたいんです。
    だから会場に足を運ぶ。
    曲を聴きたいなら
    誰の演奏でも良いのです。
    その演奏家の「音」が聴きたい。
    だから、音楽はなんといっても
    「音」なんです!」

    これは強烈な「天の声」でした。

    「山季布枝の演奏が聴きたい」
    「山季布枝の音が聴きたい」
    と、有難くもファンから
    言われておりました。
    でも、
    「私なんて…。」
    もっともっと
    世の中には素晴らしい演奏家が
    たくさん居る。そういう人の
    演奏をお聴きになるべき!
    と、謙遜でも遠慮でもなく
    真剣に思っております。
    でも最近、
    「私の元気なうちに」
    「山季先生の演奏を、自分の足で
    聴きにいけるうちに」
    というお言葉も増えてきました。
    「山季先生の音は出されたその瞬間
    から、その場の空気を変えます」
    などと、突飛押しないお言葉も
    耳に飛び込んできました。
    演奏者は自分の音は分かりません。
    生音で
    客観視ならぬ客観聴はできない。
    空気を変えるなんて、
    それは誰の音でも…と思いますが、
    どうも「変える」ことの意味が
    違うようなのです。
    【人に喜ばれる音で奏でたい】
    これが私のポリシー。
    この度の突然の体調不良で
    「今、弾けなくなったら悲しい!」
    ある意味の「我欲」を捨てて
    謙虚に
    ピアノの前に座らせていただこう!
    今年もピアノが弾けて良かった!
    との思いを重ねていけるように… と桜の花の下で、残念かな!
    「一人で」…(笑)思いました。
    山季布枝 * 山季の気まぐれブログ * 07:40 * - * - * - -
    このページの先頭へ